福岡高等裁判所 昭和38年(ラ)199号 決定 1964年1月29日
抗告人 山本エミ(仮名)
主文
原審判を取消す。
抗告人が山本実より同人と本籍熊本県○○郡△△○○○○番地戸主山田正男三女山田エミ(現在本籍平戸市○○○町△△△△番地の一筆頭者山本和男の妻エミ)との間の養子縁組に関する届出の委託を受けたことを確認する。
理由
本件抗告の趣旨およびその理由は別紙記載のとおりである。
記録添付の山本和男の戸籍抄本、山本実より山本和男宛の軍事郵便、被審人山本エミ(第一、二回)、同小林リンの各審問の結果、及び取寄に係る別件長崎地方裁判所平戸支部昭和三八年(家)第二六一号戸籍届出委託確認事件記録中の被審人山本エミ審問の結果を綜合すると、抗告人は昭和の初め頃、熊本県○○において、山本和男と知り合い、内縁関係を結び、当時和男と、その先妻マツとの間に生れた長男実(大正一一年四月一八日生)、和男の母ウメ、和男の弟昭男らと同居生活をしていたが、その後、実が小学校を卒業するに及び、和男の乗船する運搬船に実と共に乗船し、共稼ぎをしている内、大東亜戦争となり、実は昭和一九年一〇月一日佐世保海兵団に入団し、昭和二〇年五月二二日中支方面において戦死するに至つたこと、抗告人は和男との間に子なく、実を実子の如く愛育し、実も亦抗告人を母と慕い、かねて法律上も抗告人と親子となることを希い、和男と抗告人との正式婚姻の届出を奨め抗告人においても其の後昭和二一年三月一四日和男との婚姻届出をなすに至つたが、実は他面、抗告人との養子縁組をも希望し、その生存中出征のため自ら届出をなすことが困難なため、抗告人に対し、その同意をえて之が届出を抗告人に委託して出征したことを認めるに十分であつて、之を覆えすに足る資料はない。尤も、前記のように抗告人と和男との婚姻届出がなさるれば改正前の民法七二八条に従い、抗告人と実との間には継親子関係が法律上生ずるのであるから、この外に抗告人と実との養子縁組の必要はないようにも考えられるが、実生存中右婚姻届が必ずなさるるものと実において信じていた事実を認めうべき資料なく、又かりに、継親子関係が生ずるとしても、之と養子縁組によりて実親子関係と同一の法律効果を生ずる養親子関係とは、その法律効果において差異の存するものがあるから、(改正前の民法第七七三条、第八〇九条、第七七三条、第八四三条、第八四六条、第八四四条、第八四〇条、第八六三条、第八七八条参照)抗告人と和男との婚姻届出がなされうるからといつて、この事実が実の右のような養子縁組届出の意思と、之が委託の事実を認める妨げとなるものではない。
そうすると、抗告人の本件戸籍届出委託確認の申立は理由あるものとして認容すべきものであり、右申立を理由なしとして却下した原審判は不当だから之を取消し主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 高次三吉 裁判官 木本楢雄)
別紙
抗告の理由
(一) 抗告人の申立にかかる長崎家庭裁判所平戸支部昭和三八年(家)第三三五号戸籍届出委託確認事件について同裁判所は昭和三八年一二月五日抗告人に対して本件申立を却下する審判をなし昭和三八年一二月七日抗告人に通知があつた。
(二) 原審判の理由は申立人は事件本人(委託者)実の父山本和男と内縁関係にあり事件本人は申立人及び和男と同居していたのであるから事件本人が申立人との縁組申立をなすが如きは常識上考えられないとのことであるが申立人、事件本人及びその父和男が同居生活をなし平穏な日日の明け暮れの中にあつた場合には原審判指摘の様に時に改まつて申立人に対し事件本人が縁組の申出をなすが如き幾会は或いはなかつたかも知れないがこれは事件本人出征という特種の事情があり出征にあたつてその後事を託し後刻うれいなきよう配慮することは通常のことであり原審判がこの点を平和時の観点に立ち出征時又は戦時の人間の心理状態にまで思いを巡らさなかつたことは審理不尽のうたがいを免れない。
家事審判規則が事実の調査に心理学、社会学、その他専門的知識を活用して行う様努めなければならないと規定していることから考えても本件の如き場合申立人や事件本人の置かれていた当時の社会情勢又は心理状態を充分考慮すべきであり、そうすれば自から原審判と異つた結論が見い出せる筈である。
次に原審判は事件本人がその父と申立人が婚姻届をしていないことを知つていたとしても事件本人の父と申立人が婚姻届をだせば事件本人と申立人との間に継親子関係が生ずるから申立人と事件本人とが縁組を結ぶ必要性はないというのであるがこれは法知識に精通した者の考え方であり法知識の乏しい事件本人や申立人の考えの及ぶところでないのである。事件本人としてはその手紙の中で「一日も早く僕の母として入籍して下さい」といつているのであるからそれが多少不明確な表現であり、その意味が養子縁組届出のことか事件本人の父との婚姻届のことかはつきりしない場合であつたとしても事件本人は申立人が事件本人の母親として戸籍上も待遇されることを事件本人自身が希望していることははつきりしているのであるから事件本人の霊がもつとも慰められる様に法解釈するのが当然でありそれが原審判と違つた意味に於いて世間の良識というものではなかろうかと考える
次に原審判は証拠不充分というのであるが申立人が既に原審に提出済の事件本人からの手紙にも「一日も早く僕の母として入籍して下さい」と明記してあり証人小林リンの証言で充分その裏付ができるのであり証明は充分と考える。
以上の次第で原審判につき承服できないのでこの抗告に及んだ次第である
昭和三八年一二月一一日・
抗告人 山本エミ
参考
原審判(長崎家裁平戸支部 昭三八(家)三三五号 昭三八・一二・五審判 却下)
申立人(受託者) 山本エミ(仮名)
事件本人(委託者) 山本実(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
山本実は申立人エミとその夫(内縁関係)山本和男と親子関係にあり親子三人に同居していたのであるから、山本実が事実養子縁組の申立をなすが如きは良識に照し考えられない。仮りに申立人とその夫和男とが婚姻届をしてなかつたことを知つていたとしてもその婚姻届をすれば申立人と実は継親子関係になるのであるから特段の事情ない限り申立人との間に養子縁組を結ぶ必要は感じられない。
申立人は委託者山本実から養子縁組を明示してその届出を委託されたと申立るが、右事実を立証する同人の供述、及び小林リンの供述はいずれも信用することができない。又、申立書添付の郵便(差出人山本実、名宛人山本和男)一通についてもそれが特段に養子縁組を明示して届出委託されたものとは断じられない。なおその他何等の証拠も存しない。
よつて主文のとおり審判する。